読みたい本はどんな本?

読んだ本についての感想と、気分で選べるようにジャンル分けをできればなあと。

『わたしを離さないで 』 カズオ・イシグロ 海外文学/心の証明

[純文学]
ハヤカワepi文庫 イ-1-6-51- 2017年10月18日 67刷 翻訳:土屋政雄
439ページ。わたしの一人称で緩やかに進んでいく。柔らかい。

[キーワード]
子ども、施設、臓器提供

[私的なキーワード]
人間とは、差別、どう生きるか

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ざっくりあらすじ

特殊な職業である、介護人として働くキャシーが主人公。
今のキャシーが、遠い昔に育ったヘールシャムという施設での、友情や問題を思い出すようにかたっていく。

あるとき、気の強いルースと仲良くったこと。あるとき、癇癪持ちのトミーと語らう機会をもったこと。

そんな、穏やかで、ありふれたような話と並走して、時折この世界の不思議さが垣間見える。施設の中だけの独自のルールや、時折現れて生徒の作品を持ち出すマダム。
微かな疑問はありながら、あばき立てる恐ろしさを予感する子どもたちは、施設の不思議をあえて追求することはなかった。

けれどもある授業のときに、堪え切れなくなったようなルーシー先生から、今までよりもはっきりとした言葉で、わかっていたけれど、わかっていなかったことを告げられる。

『いずれ臓器提供が始まります。あなた方は一つの目的のためにこの世に生み出されていて、将来は決定済みです。ですから、無益な空想はもうやめなければなりません』


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感想

読み始める前のイメージと全く異なる話だった。
もっと暗くて、怖くて、大きな問題として社会と戦ったりすると思いきや、話は彼らの幼い頃からゆっくり辿られる。

お気に入りの宝物の話とか、あの子と仲良くなる話とか、見て見ぬ振りをしたり友達を傷つけて気まずくなったりとか。

語り手が、懐かしい柔らかい思い出を、宝箱からあの頃のまま取り出しているような。走馬灯のように話すから、どこまでも柔らかな話に感じる。

だからこそ、最後の最後、キャシーがある人から語られる言葉に、えっ?と思った。

以下、話の核心に迫る内容になる。


心があるという証明をしようと思った。

これがある活動の目的なのだけれど、そんなの、何を今更と、私は思った。ずっと彼らの成長を追いかけ、頷いたり首を傾げて来た読者の私には心なんて問いかけるまでもないじゃないかと、思わずにはいられなかったのだ。

だからこそ、興味が湧いた。
なぜ心がないなどと思ったのだろう。これは文化的な背景があるかもしれないから、なんとも短く言えないが、それでもいろいろ考えた。

心。心ってなんだ。心があるのとないのではどう違うんだ。心無い人なんて表現もあるが、そんなの人によって見方が違う。
そもそも見えない心なのに、あるなしを判ずるのが土台無理な話じゃないか。

そんな風に疑問に思って憤ったのに、物語の彼らはそんな風には見えなくて、望みが潰えたとき、残念がる姿はあっても、涙しても、全てを受け入れるような風に見えた。

私の憤りが彼らを不幸と決めつけて湧いていたなら、人の幸不幸を勝手に判ずるのはおこがましいなと、おもった。けれど、勝手に判ずることはできないから永遠に無関係であるとは、やはり思いたくないとも思った。