読みたい本はどんな本?

読んだ本についての感想と、気分で選べるようにジャンル分けをできればなあと。

『遮光』中村文則 純文学/虚言癖

[純文学]
新潮文庫 な56 3 平成25年4月25日 二刷
149ページ。薄い本。一人称の私で進められ、一つ一つの文章が短い。陰鬱なまっすぐさ。ちゃんと沈み込むような空気。野間文芸新人賞受賞作。


[キーワード]
虚言癖、恋人

[私的なキーワード]
陰鬱、世界との繋がり

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ざっくりあらすじ

そこそこ友人もいる、恋人もいる、好意を寄せてくる女性もいる青年には、虚言癖があった。ふとした折に嘘を付いては、相手からの不信をかい、それを自身も自覚しながらもまた嘘をつく。

そんな彼のつく嘘の中には、死んだ恋人の生を言うものもあった。
彼は周りに、恋人は留学をしていると、ありえないアメリカでの生活を話しているが、本当は事故で亡くなっていた。彼は病院まで赴いて、その亡骸と対面もした。そうして、そこで、医者にたのんでなき恋人と二人きりにしてもらい、縫合された小指から糸を焼き切り手にいれていた。

それから小指が入った黒いビニールをかけた小瓶を、彼は大事に持ちあるいていた。


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感想

私は大学入学前から卒業して暫くのあいだ、中村文則さんの小説を読み漁った。
中村さんの、少なくとも読んだことのある初期小説は、鬱屈した精神のそばにぼんやりと佇んでくれるようで心地よかった。特に遮光は思い入れも深い。

ただ、心地いいと言っても、それは私と同じであるとか、主人公に同調したということではなくて、世の中の、人が隠すような、言葉を濁すようなことも直視して書き綴っているふうなのが好きなのだ。愚直な素直さというか、なんというか。

さて、遮光。

まず、青年が息を吐くように嘘をつくというのがすごい。嘘をつくというデメリットなんて、おかまいなしだ。
悪事を隠そうとしてなされる嘘なら、目的のために手段として嘘を付いているから心理もわからないでもないけれど、この彼の場合は、嘘をつくことそのものが目的のようで、まったく不可思議な人に映る。

例えば、友人の女性から、『男にボールペンを突きつけられて恐ろしい目にあった』話を聞く。すると、次に友人にあったさい、おまけに話をした女性もいる前で、『ボールペンを突きつけられて恐ろしい目にあった』話をするのである。話の内容はほぼほぼ同じである。この嘘をつく直前、彼は緊張から解放されてひどく気分が良くなっていた。気分が良くて嘘をつくとはどういうことなのだろう。

こういう、突拍子のない嘘が大多数を占める中、彼女の死に触れたさいにつく嘘は、対照的にとてもわかりやすかった。

『無理やり思考を停止させるように、美紀の死について、そしてゆびについて、考えないことを自分に強いた』

この引用のあとに、彼女がアメリカで暮らす様を想像していく。これも嘘には違いないが、現実から逃れるための嘘であるから、嘘自体が目的ではない。

そうして嘘まみれで読み進めていくと、後半、意外な事実がわかる。
彼が引き取られた養父母と別れる際の場面で、養父母からこの世を生きていく手段として、そうであってもそうでないふりをしたほうがいい、と諭される回想があるのだ。これも、事実と反する行動という意味では嘘と同じだろう。素直すぎる君の振る舞いは世の中から受け入れられないだろうから嘘をつきなさい。こういうことだ。そうして実際、彼は養父母の助言に従い嘘をついて、次の引き取り先ではうまく馴染んでいく。

つまるところ、彼の嘘の発端は、この世に順応するための手段だと思ったら、意外と彼の嘘をつくという行為がおかしなものではないと、今、思えた。

それから、今回感想を書くにあたって改めて読み返したら、今の私には当時のようには響いてはこなかった。あの頃よりは幾分か生活面が落ち着いたからだと思う。
本は、読むときの心のあり方によっていくらでも印象がかわるから、面白いなあ。