読みたい本はどんな本?

読んだ本についての感想と、気分で選べるようにジャンル分けをできればなあと。

『秘密』谷崎潤一郎/純文学 変身願望

[純文学]
筑摩書房 21p 会話文はほとんどない。文体は難しくないので、読書に慣れていれば30分あれば読み終える。

[キーワード]
秘密、探偵小説、汽船の女
[私的なキーワード]
変身願望、町名
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ざっくりあらすじ

ある気まぐれな考えにより友人知人から離れ、一人寺の庫裡に身を置く私は、探偵小説を好み、奇怪な説話と挿絵に富んだ書物を愛読していた。つけ髭やつけぼくろで様子を変えて、酒を煽って夜中に出歩いていたのであるが、そのうちには、肌を白く塗り頭巾をかぶり、女のふりをして夜の外出に赴くようになる。

私は次第に、様々な人の視線を惹きつける楽しみを覚え、出歩くに止まらず、店にも繰り出すようになる。
そうして劇場に赴いた際、偶然に隣席に座った男女の、その女の美しさに嫉妬を覚えた私は、そこで女の顔に見覚えがあることに気がついた。それは、昔、汽船の上で別れた女であった。

私は女に再び激しく惹かれ、着物の袂に会いたいと思いを綴った文を投げると、女は果たして私に答えてくれるのであった。


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感想

不思議や秘密といったことに主題が当てられていて、冒頭ではそういうものに主人公が惹かれるようになる理由が書かれている。その理由が、とても共感のいくものである。

主人公には幼い頃によくいっていた寺があるのだが、何遍と寺に通っていたのに、ずっとその寺の正面しか知らず、その後ろの町を知らなかった。ある時、父親に連れられて、初めて裏側の町並みを見ることになる。

それが、不思議な世界に迷い込んだように思えだのだ。

確かに、よく通うのに行く場所なのに、その背後を知らないというのはある。
通い慣れた家までの道なのに、一つ角を折れた道はまるっきりしらなかったり、数十年と住み続けた町の、駅向こうを全く歩いたことがなかったり。

日常の隣にあるしらない世界だからこそ、なおのこと不思議に思うのだろうなあと。

そうして主人公は、その不思議を愛するがゆえに不思議な女を愛するのだけれど、この女がいじらしい。

主人公が自分のことを、秘密を含めて好意を持っていることを知っているのだ。そのために、自分の元に直接に来させることはせず、俥
にのせて回り道をさせて、目隠しをして家まで連れて行く。不思議な女であるために。

この不思議さは最終的に、秘密をあばきたてんとする主人公と、女の気の緩みで立ち消えてしまい、主人公の女への好意も同じに消えてしまう。

しかし何故、主人公は不思議を愛するのに秘密を暴こうとしたのだろう。探偵小説の主人公という、非日常の人物になることで、不思議な世界に入り込んだためだろうか。
それから、もしも女が最初から住処を隠したりせず、普通に連れて行っていれば、二人の関係はどうなったのだろう。

秘密というのは確かにあれば人を惹きつけるが、ばれる恐怖がある。ばれた際の興醒めもある。
秘密込みで好意を持ってもらったって、とくに住処という秘密なんて永続し得ないものなのだから、はじめっから別の、隠しやすい秘密を用意していたらまた違う結末だったのかなあと思った。