『友情』武者小路実篤 純文学/友情と恋愛に迷う
[純文学]
新潮文庫 む-1-1 平成2年5月30日 108刷
131ページで、厚みは1センチない。会話文はわりかし多い。読書に慣れていれば3時間前後で読み終わる。
友情、恋、結婚
[私的なキーワード]
誠実、葛藤、神聖化
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ざっくりあらすじ
かけだしの脚本家である野島は、友人の仲田の妹で、写真でみた杉子に美しさと清さを感じ好意を抱く。劇場で出会い、交流を重ねていくと恋心は激しさを増し、野島は杉子のことで怒り焦り喜びと、一喜一憂するようになる。
その心の内を包み隠さず話せるのは、野島の良き理解者である親友の大宮だった。
その大宮は野島の恋を応援し、皆で鎌倉に集まった際にも杉子と二人きりにするよう努めるなどしてくれる。しかし、野島は杉子の視線に大宮への何かを感じとり、不安に思う。杉子は大宮をどう思うのだろう。野島をどう思うのだろう。
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感想
野島が杉子に惚れ込んでいく間での、その他の人物の恋に対するやりとりがとても冷静で面白い。たとえば前半、杉子の兄である仲田と恋の話をするけれど、仲田は野島とは正反対に恋を分析する。
『(省略)皆、自分のうちに夢中になる性質をもっているのだ。相手はその幻影をぶち壊さないだけの資格さえもっていればいいのだ。恋は画家で、相手は画布だ。(省略)』
恋の相手が理想の人である。そうではなくて、恋の相手は理想の人に違いない。この希望を透かしてみていると、あとから現実とのずれに悩まされるだろうと思う。悩まされたとき、果たしてどう修復するかが実際には問題になるのではないかなと。
それから大宮の葛藤。
友人に対する誠実さとは、いったい何だろうと考えさせてくれる。
例えば同じ林檎を二人で欲しがったとき、すぐさま譲るのは一見、誠実かもしれない。けれど、どうして譲るのか、その理由を解くとまた違った事実が見つかるかもしれない。
友人の喜ぶのをみる方が嬉しいのか。友人を弟妹のようにみて譲ってやらねばと思ったのか。林檎をもらうにふさわしくない、と自身を卑屈にとらえて譲ったのか。
他に例えば、林檎が欲しいのに林檎をいらないというのは誠実なのだろうか。
答えはひとつきりではないに違いないから、考え出すと面白い。あの人との友情を、ふとみつめなおすきっかけになったりならなかったり。